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名古屋地方裁判所 昭和39年(ワ)3503号 判決 1965年3月04日

原告 佐藤常治

被告 株式会社清水源商店

主文

被告は原告に対し、金八〇、〇〇〇円と、これに対する昭和三九年七月一二日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金三〇〇、〇〇〇円と、これに対する昭和三九年七月一二日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、つぎのとおり述べた。

一、原告は、昭和三九年六月一八日名古屋市中区広小路通六丁目、三井銀行支店西側路上で、為替手形四通、約束手形六通、金額合計三、五〇〇、〇〇〇円余の手形を拾得し、ただちに名古屋中警察署長に差出した。

二、ところで右各手形は、被告会社の従業員家田清和が、被告会社のため、同手形の割引をうける目的で割引先に向う途中遺失したもので、被告は名古屋中警察署長から同手形の返還をうけ、ただちに割引先で割引いて、所期の目的をとげた。

三、以上のように、被告会社は、原告の遺失物拾得により経済上の利益をうけながら、昭和三九年七月一一日にした原告の被告会社に対する報労金支払請求に応じない。

四、よつて被告に対し、遺失物法第四条にもとづき、拾得した手形の合計金額三、五〇〇、〇〇〇円を拾得物件の価格として、その約一割以下である金三〇〇、〇〇〇円と、これに対する被告に請求した日の翌日である昭和三九年七月一二日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

かように述べた。証拠<省略>

被告訴訟代理人らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁および主張として、つぎのとおり述べた。

一、請求原因一、二の事実は認める。同三、四の事実は争う。

二、原告は、本件手形金合計額を遺失物件の価格とし、これにもとづいた報労金の請求をしているが、これは正当ではない。本件のような手形は、これを遺失した場合、善意無過失の第三者がこれを取得する危険の程度を考慮して、遺失物件の価格をきめるべきである。本件各手形は、被告が株式会社静岡銀行名古屋支店から割引をうける目的で所持していたもので、すでに手形面には、第一裏書人は被告、被裏書人は静岡銀行と記入ずみであつた。このような手形の記載がされている場合、もし善意無過失の第三者がこれを取得するとすれば、その前に静岡銀行の印章を偽造されていることが必要である。また銀行は、本件のような割引手形については、満期までこれを所持して、その利息又は割引料を利益とするものである。したがつて、銀行自体が満期前に割引手形を他に裏書譲渡することはありえない。このような点を考慮すると、本件手形について、銀行の印章を偽造して、満期前に、さらに善意無過失の第三取得者にこれを取得させる余地はほとんど考えられない。そうすると本件遺失物件については、右のような危険防止の価値はきわめてすくないものといわねばならない。なお、報労金の割合の決定権は、遺失者である被告にある。よつて本件遺失手形については、物件価格の百分の五の割合の報労金を支払うのを相当とする。

かように述べた。<立証省略>

理由

甲第一号証(真正にできたこと争いなし)と当事者間に争いのない事実によれば、本件手形遺失の事実関係は、つぎのとおりである。

原告は、昭和三九年六月一八日午後零時五五分頃名古屋市中区広小路通六丁目二番地三井銀行支店西側路上で、為替手形四通、約束手形六通、金額合計三、五〇〇、〇〇〇円余の手形と商業手形割引申込書(被告会社作成)一通とを拾得し、ただちにこれを名古屋中警察署に差出した。その後わかつたところによると、右各手形は、被告会社の従業員家田清和が、被告会社のため、同手形の割引をうける目的で、割引先銀行へ向う途中遺失したもので、被告会社は、原告が差出した名古屋中警察署長から右各手形の返還をうけ、これを割引先銀行で割引いてもらい、現金化した。なお右各手形の割引先は、株式会社静岡銀行名古屋支店であり、各手形面には、第一裏書人として「被告会社」、被裏書人として「静岡銀行」の各記入がされていた(この点は原告が明らかに争つていないから自白したものとみなす)。

そこで、まず右のような事実関係を基礎にして、本件遺失手形の価格を考えてみる。ところで遺失物件が手形である場合、結局その手形の遺失者が、これによつて、どのような経済的な不利益又は危険をうけるか、他面遺失物件の拾得と返還によつて、遺失者がどのような危険防止の利益、すなわち経済的利益をうけるかを、価格算定の基礎とするのが相当であろう。そしてこのような考え方からすると、その危険は、本件についていえば結局、遺失物件の拾得者が、ただちに各手形を割引先銀行に持参して、手形の割引をうける危険と、遺失手形が第三者に譲渡された結果、善意無過失の取得者が手形上の権利行使をする危険があるかどうか、の問題に帰着する。そして本件遺失手形について、被告が遺失後ただちに割引先の株式会社静岡銀行名古屋支店に対し、なんらかの危険防止の方法をとつたかどうかについては、被告において、なんらの主張、立証もしていない。したがつて、本件遺失手形については、拾得者が本件各手形に商業手形割引申込書をそえて、割引先銀行から割引をうける危険が一応あつたとみられる。

つぎに、本件各手形は、割引を目的として、すでに裏書人被告、被裏書人静岡銀行の記載がされていたことからすると、被裏書人である銀行印が偽造され、善意の第三者に譲渡される危険性はきわめてまれであろう。しかしこのような危険性も絶無とはいえない。

本件遺失手形には、右に述べたように、遺失者たる被告が経済的な損害をうける危険性があつたことは否定できないが、その危険性は、現金を遺失した場合とくらべ、かなり稀薄であつたといわねばならない。本件については、右の危険性の程度を考慮し、遺失手形金額三、五〇〇、〇〇〇円の三分の一の金額、すなわち一、一六六、六六六円を本件遺失物件の価格と認めることとする。

つぎに報労金の割合の決定について、遺失物法第四条は、遺失者から拾得者に対し、物件価格の一〇〇分の五よりすくなからず、一〇〇分の二〇より多からざる範囲で報労金を支払うべき旨規定している。この規定からすると、報労金の割合の決定権は遺失者にあると解する余地もある。しかし、もしこのように考えると、報労金の割合について、当事者の協議ができない場合は、遺失物法が最高限を法定した趣旨は失われ、つねに最低の割合による報労金し、か支払われない可能性がつよい。したがつて、右規定の解釈としては、同規定が報労金の最高限を規定している趣旨を考えて、報労金の金額について、当事者間に争いがあるときは、裁判所が同規定の割合内でその額を決定できるものと考える。

そこで右の見解によつて、本件遺失各手形の報労金については、前に述べた遺失物件の合算価格一、一六六、六六六円について、遺失物法所定の割合内である金八〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

そして、昭和三九年七月一一日原告が被告に対し、本件報労金の請求をしたこと、は甲第二号証の一、二(いずれも真正にできたこと争いなし)によつて明らかである。

してみると、被告は原告に対し、本件報労金八〇、〇〇〇円と、これに対する報労金請求の翌日である昭和三九年七月一二日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。原告の本訴請求は、右の限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却する。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤義則)

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